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グラスホッパー鑑賞記

ネタばれあります!






山田くん担のお友達と、
グラスホッパー1回目鑑賞して参りました。
(ちなみにお友達は6回目)
なんなら、主役の鈴木より、
蝉の方が出演時間多かったんじゃないかな・・・
って思ったけど、お友達曰く、
蝉が、スクリーンに登場するシーンは
10シーンとのこと?!?!
110分の中の10シーンでそれだけ、
存在感を放っている事がスゴい・・・。


組織に潜入して、10数人を華麗なアクションで
ぶったおしてゆくシーンは、
おそらくクラブを使用して撮影されたのであろう建物の内装で、
テーブルやソファーを越えてゆくと、
階段数段分の高さのステージが。
そこへ上がるときの蝉の所作が、
もうまるで、ステージ。
何となくこのシーンに既視感を感じたんですが、
そうだ、いただきハイジャンプで、
ご当地ヒーローを救え!の時にショ○カー役を演じた山田様だ・・・(笑)
どんな状況でも常に見られていること、美しくあることを
体現している山田様を原作ファンの方や、
普段のアイドルの様子を知らない層へも、
印象づけられたのではないかな・・・。
実際、映画館のお客様の層は様々でした。
女性のグループが多かったですが、カップルの方、
男性グループなどなど。
そんなかんじで、スクリーンの中の蝉は
蝉であって、山田涼介そのものにも見えて、
本当に自然に見える不自然さ(あんな美しい顔の殺し屋って言う意味での不自然さ)を
演じきった山田様に拍手喝采です・・・本当に。


さて、本編の内容について。
グラスホッパーって、バッタのことなんですね。
なるほど、芝生を飛び回るっていう意味か・・・。
本編の中で槿(むくげ:吉岡秀隆氏)が
トノサマバッタは群衆の中だとえさを取り合うため
黒くなって凶暴化する。
情報過多な世の中は人の欲望をかき立て、凶暴化させる。。。
(ニュアンス)といったセリフを言っていましたが、
友達と711の一番くじのハンガーが欲しい気持ちを例えるとわかりやすいね?
いろんな理由付け、優先順位を自分の中で整理して結論づけた解も、
ついったーなどで、ハンガー当てた!やったー!
といった発言を見ると、人は少なからず羨望を育てるじゃないですか。
そうやって無茶な行動に出てしまうという・・・実体験を絡めつつ、
うんうん、とうなづきながら、映画を見てました・・・。
くじに1万円ぶっこむとかさ・・・(事実ですw)


スゴくわかりやすく伏線が弾いてあったのが、
最後、なるほど!っていう感覚に落とすことによって
エンターテイメントに昇華しているんだろうなーっておもいました。


まず、私が最初におや?って思ったのは、
槿の家を訪ねていった日、玄関の周りが草がぼーぼー映えてたのと
鈴木がお父さんってどんな人?って子供に聞いたら、
なんでそんなこときくの???って聞き返したところ。
普通の子供なら、無邪気に、お父さんはねっ!て
話だす勢いが目に見えるのに、って。
来賓の鈴木をもてなすテーブルに並ぶ料理は、
ピザ、出前の寿司と言った、手製の物が見受けられないものばかり。
そして極めつけは、泣き出す鈴木を慈悲ある表情で見つめる、すみれさん。
彼の中の事情を知らなければ、あのシーンであれば、狼狽するのが当然だし。
そして鈴木を見送ったあとの、ファミリーの表情と言ったら。


そしてこれは、友達と見終わった後に、
色々話していて気付いたことなんですが、
すみれがどのタイミングで組織に復讐心を持ったのかは不明ですが、
きっと、あのスクランブル交差点の事故よりも
前だったのではないかと推測するんですね。
なので、百合子さんと子供があのハロウィンの夜に
お菓子を貰うことで関係を持ったこと、
事故から息子を守らせること、百合子の死によって
鈴木の復讐心を煽ること、そこも含めて計画の一部だったのでは?
と思ったら、鳥肌がたち、
なるほど、正義でも悪でも無いのって、すみれが観覧車の中で言ってたのは、
そういう意味だったのかな・・・と考えていました。


でも、鈴木にとっては、百合子さんがいない世の中に、
命からがら1人生き残るという、あまりにも報われないバットエンドを
百合子さんの尊厳を守ることと、タイムカプセルを開封することで、
彼なりのハッピーエンディングをむかえさせることしかできなかったのかなって。
あまりにすっとぼけな鈴木だからストーリーは終わったけれど・・・
と、そういうところで少しモヤっとするところはありましたが。
その落とし方をしなければ、どこまでいっても、
蝉鯨岩西の仲良しハッピーエンディングになってしまってましたからね(笑)


友人とも、最後論議になったのは、
鈴木がタイムカプセルと評された幸せの時間の象徴のスープを
レンジにかけるシーンで、あれは絶対おなか壊すよwww
って友達も言ってましたが、あのシーンは先述のように
鈴木と百合子さんの幸せだった時間を取り戻す
彼のハッピーエンドを結ぶためには必要な儀式であって、
どこ迄も死に直面し続けていた2日間を越えられた鈴木にとって、
おなかを壊す事ほどみじんの痛みもなかったのではと推測しました(笑)


また、私は原作を読んでいないのですが映画での百合子さんの描かれ方について。
この物語の中ではどこまでも生と死という対比がなされているなと思いました。
殺し屋の方々が集うシーンでは2日間という時間が流れている中で、
食事をとっているシーンが1度もありませんでした。
ただ、唯一、鯨がゆっくりとコーヒーを淹れるシーンが
あぁ、この人は、生と死の合間にいる人なんだなぁと思い起こさせました。
一方百合子さんにとっては、生が強く食に結びついており、
プロポーズの返事、自分の一生を左右する選択も、
遊び心を含めた食に絡ませるというシーン。
じつはあれ、わたし、おえってなっちゃったんですが、
ケーキにコインを入れるって発想がほんとだめで> <
そんなの絶対食べられない> <
むかし、10円玉を懐石料理の中に入れて、
叩かれてた料理研究家の人とかもいましたが、
まぁそれは本編に関係ないので置いておきますが・・・。
そんな風に、誰一人として無駄な登場人物がいないなぁ
良くできている。って思った映画作品は久しぶりでした。


余談ですが、一方で、
こんなにグロテスクなサスペンスの中に
爽やかな芳香を放っていた青春サイドストーリーを見つけて、
にやにやしておりました。
それは、蝉と岩西との関係性です。
雇い主、相棒の言い方をめぐって喧嘩するふたり(笑)
あれは、岩西が本当に、蝉を愛しいと思っているから、
蝉がまだガキンチョであることを理解しているから、
やさしく、電話で、蝉にあやまるシーンとか、
高校生かよwwwwってきゅんきゅんしてしまいました。
下手すると、このふたりのシーンだけ浮いてしまいそうな程でしたが、
そこは村上淳さんの作り上げた岩西というキャラクターが、
冒頭からずっとニュートラルに
少しいい加減で愛らしさを貫いているからなんだと思います。
最後に蝉と電話するシーンもよかったなぁ。
猫をあやす蝉、かわいかったな。


もう一回観に行こうかなぁ・・・(笑)